2022.03.08
日本の脱毛の歴史は、約1300年前の奈良時代からスタート!
日本最古の本「古事記」に、「若い女性が、まゆげを描いていた」という記述がありました。
また平安の世はアイメイクより、「アイブロウ」が大事な時代。
「ひきまゆ(引眉)」という、マロ眉が大ブレイクすると
貴族の女性は、毛抜きでマユの毛を一本一本抜いて
白粉の化粧をポンポンと、厚〜く塗ると
その上に、太い眉をクッキリ引き
歯にはお歯黒を塗って、唇に紅を差していたそうです。
この頃はなんと、男性もメイクをしていたそうですよ。
今回は「枕草子にみる脱毛の歴史」の特集です!

枕草子にも、「ありがたきもの 毛のよく抜くる しろがねの毛抜き」という
文章が、記載されていました。
「しろがね」とは「金属製」という意味。
平安時代には、すでに金属製の毛抜きがあったんですね。
この時代の毛抜きは、二枚貝を用いたものを原型に
日本で独自のデザインへと、進化したようです。

源氏物語には、光源氏が育てていた養女(のちの妻)
「若紫」が、わずか10才から
マユの化粧をしていた事が、記されていました。
この時代は、マユを美しく整えるために
一本一本、毛抜きで抜いていたそうです。
ううう、痛そうですね。
平安時代の貴族は「感情を豊かに表すのは、はしたない事」というのが通例でしたので
マユ毛、すべて抜いていたそうです。

平安の世。「家庭用の脱毛器」なんか、なかった時代に
毛抜きで全剃りは、大変だったことでしょう。
しかしマユって……
顔の中でも深層心理というか、表情が現れやすいパーツの一つ。
ちょっと心が動いただけで、マユも動いてしまうので
その時代の貴族の女性は、まゆげを全部抜いたあと
通常よりかなり高い位置に、太〜いマユを描いて
「動かないマユ」を作ったそうです。
今、その平安メイクを見たら、「ぶっ!」と吹き出してしまうかも
しかし、この時代では「これが正しい、美人メイク」。
「高貴で、おだやかな雰囲気のマユ」として
女性は皆、おでこの真ん中に眉毛を描きました。

平安時代、マユを引くのは「大人の化粧」でした。
源氏物語の若紫は、「初恋の人の面影を宿す、美少女」だったそうですから
大人っぽい化粧を、光源氏が望んだのかもしれませんね。
まゆは毛抜きで抜いて、「眉墨(まゆずみ)」という
アイブロウで眉を描きました。
これが最初に書いた、「引眉(ひきまゆ)」です。

なんと、平安時代は男性も、メイクしていました!
というか調べたら「武士」って基本、メイクしていた時代が多いのです。
ビックリですね。
平家物語の平家は、メイク好きで
源氏は、メイクが嫌い。
「すっぴん好きVSメイク好き」で戦っていたんだと思うと
なかなか感慨深いです。
「武士道とは死ぬことと、見つけたり」という文言で有名な、サムライの教科書
「葉隠(はがくれ)」という書物には、
「口紅や頬紅(チーク)は武士たるもの、常に携帯しましょう」
という文章が出てくるほどでした。なんだか想像以上に
昔の武士って、ビジュアル重視。女子力高めだったんですね。

そのくらい美意識のある武士ですから、当然、まゆげの処理もしていました。
女子とおなじく「毛抜き」で眉毛を抜いただけでなく
全身脱毛まで、していたそうです!
すごい……!
武士が口紅を塗り、全身脱毛していたと思うと
日本の歴史のイメージが、大きく塗り替えられた気がしました。

実は、歌舞伎にも「毛抜」という演目があるんですよ。
主人公の粂寺弾正【くめでらだんじょう】が、毛抜きでヒゲを抜いていたところ
毛抜きが勝手に踊りだす、という不可思議で楽しい演目。
ヒゲも毛抜きで抜いていたとするなら、昔の人々の脱毛って
さぞ痛くて、時間がかかったんじゃないかな? と思います。

今は、エステに行かなくても「家庭用の脱毛器」がありますよね。
そんなにピリピリした痛みもなく、簡単にスーッと脱毛できますから
本当に、いい時代になったな〜と思います。
オススメの脱毛器は、「BiiToⅡ」。
自分の毛の質にあったモードが選べるし
毛抜きに比べたら、痛みもそんなに感じませんでした。
肌をスルリと滑らせるだけで、カンタンに連続照射ができます。
今日は「脱毛、日本の歴史」でした!
昔の人々の暮らしに、想いを馳せながら
家庭用の脱毛器で、ツルスベ素肌になりたいと思いました♫